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 事例検討会報告書
活動報告

シンポジウム

『医療通訳における「正確性」と「公平性」について考える』

   主催:多言語コミュニティ通訳ネットワーク
共催: 医療通訳研究会
 (MEDINT
     医療通訳士協議会JAMI) 


2011年3月20日、モントレー国際大学大学院の武田珂代子准教授 (現立教大学教授)をお招きして、大阪大学中之島センターにてシンポジウムを開催しました。セミナーでは、武田先生が「通訳の『正確性』と『公平性』について」を講演し、様々な形態の通訳について海外の通訳倫理規程の例などを出しながら、通訳における問題や疑問などをわかりやすく説明してくださいました。ああああああああああああああああああああああああああ

続いて、飯田美奈子氏が「医療通訳の『正確性』と『公平性』を考える‐医療通訳倫理規程の作成から」という題目で、日本における医療通訳の

現状や課題、そして医療通訳士倫理規程の作成過程などを発表しました。

その後、医療通訳研究会(MEDINT)の村松紀子さんの司会でパネルディスカッションを行い、質疑応答で締めくくられました。
あああああああああ

この年に起こった東北地方太平洋沖地震の影響で武田先生の来日が不可能となってしまいましたが、スカイプを使ってアメリカと日本をつなぎ、

目の前でお話いただくのとほぼ変わらないようなやりとりができました。         

当日は60名を超える参加者があり、熱気あふれるシンポジウムでした。
                                                           




 第9回10回事例検討会報告書掲載内容
        (一部掲載)

この事業は大阪府福祉基金地域福祉振興助成金の交付をうけて実施しました。
  全文(冊子)をご覧になりたい方はmcient までご連絡ください。


   事例1 様々な機関に関わるDVケースの通訳 

<事例分析>

 事例1は、DV被害者が婦人相談所に保護され、そこから自立していくまでに通訳が必要な場面でおこなった通訳事例である。このケースでは1人の通訳者が継続して通訳を行っている。事例の中で発表された通訳場面は10箇所であるが、1つの場面の通訳が何回行われたかは事例の中では明らかにされていない。おそらく1回では終わらず、何回も通訳にいっていることが考えられる。少数言語や、DV被害など専門的知識が必要とされる通訳などは、求められる水準の通訳を行える通訳者が少なく、同じ通訳者が継続して多くの回数を行うことも少なくない。このような継続的な通訳を1人の通訳者が担うことのメリット、デメリット両方を考えていかなければならない。

 まず、メリットとしては、1人の通訳者が継続して関わることは、DV被害者の事情を通訳者がよく理解し、スムーズに通訳を行うことができるということである。通訳者がケースの状況や相談者の心情などを十分理解しておくことは、DV被害者にとってはとても重要なことである。DV被害者にとっては自分が被害にあった状況を何度も話しをすることは、二次被害にもなりやすく、事情をよく知る人が通訳にはいることでつらい体験をなるべく少なくすることができる。しかし、その反面、通訳者が1人で継続的に関わることで、相談者についての個人的情報を全て知ってしまうことにもなりかねない。また、通訳者に対する依存が強くなり、相談者が何事にも通訳を頼ってしまうということも起こりえてくる。このような事態にならないためには、相談者と通訳者の間にコーディネーターが入り、相談者の個人情報の保護や、通訳者に依存させない関係性をつくっていけるように気をつける必要がある。

 多くの専門機関にまたがって通訳を行うとき、通訳者はそれぞれの専門分野における知識や、援助方針などについてきっちりと把握しておく必要がある。それぞれの専門機関では行われている援助は異なっており、そのアプローチも異なっている。援助の専門家がどのように援助をおこなっていくのかを通訳者がきちんと理解していないと的確な通訳をおこなっていくことができない。そのためには通訳者と専門家との事前の打ち合わせが必要になってくる。事例の中でも、事前の打ち合せをすることで、外国人特有の状況についての説明など通訳者として発言できない部分を打ち合わせのときに専門家に伝える必要があると述べられている。援助の専門家は、その専門分野においてはプロであるが、外国人の状況(在留資格や文化価値観など)については、知らないことが多く、そのことによって相談者との間で誤解やコミュニケーションギャップが起こったりすることがある。その部分について、通訳者が外国人と専門家の関係をつなぐ役目として、状況説明したり、アドバイスを行っていくことは必要ではないかという意見が参加者からもでていた。しかし、そのタイミングや目的をしっかりと理解していなければ、相談者と専門家の信頼関係構築に失敗したり、相談者の自己決定を阻害してしまう形になってしまう。通訳と支援の線引きをどのようにしていくかというのは、その場の状況などで異なってくるものなので、通訳者一人ひとりがいろんな場面できちんと判断して行動できるようになっておくことが必要になると考える。

 また、通訳者は相談者をとても配慮をしていることも事例では挙げられている。生活保護の相談を役所ではなく、婦人相談所の中で相談ができるように通訳者から依頼したり、母子寮への入所についても、Mさんの表情をみて通訳者がMさんの心情を説明し、Mさんにも母子寮入所は強制でないことを説明したりしたというものである。通訳という言葉の返還業務だけでなく、相談者の立場を理解し、相談者が一番安心して相談できる環境を考えて提案している。もちろん相談者が安心して相談できる場面は、通訳者にとっても最良の通訳環境でもある。通訳環境の整備という点においても、この行為は必要なものであったと思うし、それによって相談者も通訳者を信頼することができ、相談者、専門家、通訳者3者にとってよい関係が構築できたのではないかと思う。また、相談者の表情を読み取り、それを専門家に伝えることはとても重要な通訳者の役割であると考える。というのもMさんがこわばった表情をしているのは専門家も気づいているとは思うが、なぜそのような表情になったのかが想像できないでいることが多い。しかし、両方の文化を理解している通訳者は、Mさんの気持ちを理解しやすく、専門家に説明することができた。このような場面では通訳者は文化やその国の人々の価値観などを説明していくことも必要であるが、勝手にそれを説明するのではなく、相談者や専門家に確認をとりながら説明していく必要がある。
 
 先ほど挙げた通訳者の行為は純粋な通訳行為からは逸脱しているものだと言える。しかし、コミュニティ通訳というものが、対人援助場面における相談者と専門家とが共同して問題解決を図っていくために信頼関係の構築や、自己決定を重要視する関係性の中での通訳であることから、他の分野の通訳にはない、言葉の返還以外の行為を引き受けていく役割が求められる。事例の中で、発表者は「司法通訳の性質とは違ったものが求められる」と述べている。司法通訳の中でも法廷通訳はコミュニティ通訳とは対照的な通訳行為であると考える。法廷通訳は裁判官が法律によって事件を審判するために通訳者が通訳を行う。そのために通訳者は法廷での発言一つ一つを正確に訳さなければならないのである。しかし、そこで行われているのはモノローグであり、お互いを理解しあうコミュニケーション(ダイアローグ)ではない。コミュニティ通訳の場面では、コミュニケーション(ダイアローグ)が行われており、それによって、問題解決の方向性を決めたり、その人らしい人生を生き方をできるようにサポートしていくものである。DV被害者の支援の場面では、被害者の今後の生活を支援していくためにさまざまな援助が行われている。そのような場面での通訳は、通訳者も援助チームの一員となって、一緒に問題解決に向かって進んでいくという姿勢が必要になってくる。その上で、通訳者はより良いコミュニケーションをつなげていくためにはどのような通訳を行っていく必要があるかと考えていかなければならない。

 また、事例の中では、通訳者は直接的な表現をもちいず、やわらかく表現して通訳したことも発表された。法廷通訳などでは、正確に通訳することを第一に考えられ、「引かず、足さず、直さず」ということが通訳の基本として言われている。ここでの通訳は、この基本からはずれているが、相談者の気持ちや立場などを十分理解している通訳者ならば、このような体験をしたことがある通訳者は多いと思う。通訳者はどのようなひどい内容のものでも、その場で発言されたものは全て通訳しなければならない。通訳者が通訳しないことで、相手に真意が伝わらず、あいまいなままになってしまうことで、更に問題解決に至らないこともある。通訳者は心情的にはつらいが、相談者を傷つけるような言葉であってもその場では通訳をしなければならない。しかし、発言者にそのように通訳しますが、いいですかと発言を確認したり、通訳が終わった後で先ほどの発言は相手にとってとても傷つけてしまうものであるということをフィードバックする方法がある。このような行動をすることで、専門家たちもどのような言葉が相談者を傷つけてしまうのかを知るきっかけにもなるし、そのことで次回からは気をつけてくれるようになるだろう。通訳者はコミュニケーションのプロとして、より良いコミュニケーションをとっていくためのアドバイスを行うことは通訳業務の一環であると考える。

 最後に、通訳料金について話がされた。まだまだコミュニティ通訳の分野では通訳報酬がともなうものが少なく、ほとんどが無報酬か、有償であってもとても少ない報酬で行われているのが現状である。この事例でもわかるように、何箇所も専門機関にかかわり、それぞれの専門知識も必要とされる通訳を行うことは、決して簡単なことではない。DVなど複雑なケースでは経験値も求められる。このような中で通訳者が安心して通訳を行えるように、最低限の報酬や通訳者の権利を守る倫理規定、保険などが必要と考える。通訳サービスを享受するのは、外国人だけでなく、対人援助の専門家もそれは同じである。より良い援助を行うために通訳が必要であるという考えを持ってもらいたいと切に願う。

            文責:飯田奈美子



事例2 相談員と通訳者の線引きが上手くされた通訳事例

<事例分析>

 今回の事例検討会のテーマは「法律相談に関わる場面の通訳」とした。法律相談は司法通訳の範疇であるが、なぜコミュニティ通訳でこのようなテーマを選んだのかというと、法律相談は司法通訳の中でもコミュニケーションをとても重視される場面であるといえるからである。また、法律の専門家の相談を受ける前に、相談員(兼通訳者)が事前の聞き取りをしたり、フォローアップに入ったりと、通訳だけの行為に留まらず、相談場面を円滑に進めるための役割を担っているためである。このことから、mcinetにおいて法律相談に関わる場面の通訳をテーマにして事例発表をしてもらった。

 事例1では、国際交流団体の職員が受け付けた相談の中で、法律の専門家につないだ方がいいと判断され法律相談が行われた事例である。このケースでは、相談員が通訳を兼任しており、最初は相談員としてかかわり、弁護士との相談場面では通訳者に徹している。コミュニティ通訳者の多くは、相談員や支援的業務についている者が通訳者も担っているので、相談員(支援的な立場)と通訳者との立場を上手く演じ分けていく必要があり、この事例1はとても上手く両方の立場を担い分けている例だと言える。
このケースでは、相談員は、弁護士につなげる前にしっかりと相談者の話を聞き、気持ちを受容している。このような過程があってIさんは相談員を信頼し、次のステップに進むための法律相談を受ける準備ができたと考えられる。このような行為は相談員だからできたのであろうと思われるだろうが、相談員という立場がなくてもコミュニティ通訳の現場では通訳者が、相談者の話の傾聴や気持ちの受容を行うことは少なくない。コミュニティ通訳が必要とされる場面は問題を抱えた外国人を対象としているために、抱えている課題や問題の深刻さや、異国で誰にも相談できなかった孤独や不安な思いをまずはきいてほしいと思う相談者は多い。多くの場合専門家との相談時間は限られており、その時間内で、援助の専門家が相談者の心の奥の訴えまで聞いている時間はあまりない。そのため相談者はやっと自分の第一言語で話ができるという安堵感から、相談室や診察室などから出てから、通訳者に一気に話しをするということが多々ある。このような状況を通訳者1人で抱え込むのではなく、通訳の役割と支援の役割をきっちり線引きをし、相談者の気持ちも受け止めてもらえる援助体制を通訳者も含めてつくれるような環境作りを考えていかなければならない。

 事例の中で、Iさんが在留資格に影響がでるのを恐れて離婚などの弁護士のアドバイスを受け入れなかったときに、通訳兼相談員が相談員として、本人がどうして帰れないのかというその国民性や国の事情や文化、価値観を弁護士に説明したと発表された。専門家が親身になって相談を受け、アドバイスや解決策の提示をするが、それが時には受け入れてもらえず、そのことで専門家と相談者との間で不信感が生まれ、お互いを信用できなくなってしまうことが多い。多くは専門家が、相談者が大切にしているものやその国の事情や、価値観などを知らないために、なぜ専門家の意見に反対しているかが理解できないでいる。また相談者のほうも、自分の立場を理解してもらえていないという思いが強くなり、より一層専門家の意見を受け入れる余裕がなくなっていくのである。そのような場面に両方の文化や価値観、援助の方向性などを理解している通訳者が間にはいることで、お互いの誤解やコミュニケーションギャップを取り除いていくことはコミュニティ通訳者の大きな役割であると考える。この事例では、通訳者は相談員という立場を持っていたが、多くの通訳現場では相談員や外国人の事情を知る専門的な第三者が立ち会うことはなく、通訳者がこのような文化の橋渡しも行っていかなければならない。しかし、通訳現場ではあくまでも通訳者という立場なので、いきなり文化的な解釈の解説を行うのではなく、相談者、専門家に了解を得てからや、事前の打ち合せ、事後のフィードバックの時などに行なっていくことが望ましい。通訳場面ではあくまでも相談者、専門家のコミュニケーションをつなげていくための役割に徹しなければならず、過度の介入は、通訳者に対しての依存を深めてしまうことが考えられる。相談者と専門家の信頼関係が築かれ、相談者が自分の人生を自己決定できるような関係作りができるように通訳者は支援していくのが役割であることを肝に銘じていたい。

 事例では、2回目の弁護士との相談の中で、Iさんは夫から受けた暴力を思い出し、感情的になった場面で話が長くなり、通訳者は、Iさんに相談時間に限りがあるので、弁護士に質問したいことを聞くように促している。そして、弁護士に対してもIさんの代わりに要件を伝えて話しをしてもらうように調整したと発表されている。この場面の通訳者の行為は相談場面の通訳ではよくあるものである。限りある時間の中で相談者の相談したい内容を全て聞くにはある程度の交通整理を行っていかなければならない。その対象者が外国人の場合、通訳者がその交通整理を任されてしまうことが多い。相談者の気持ちを静めたり、また発言を促したり、相談場面が円滑にいくように通訳者が配慮するのである。事例発表では、通訳者は相談員の立場も持っていたから問題なくその役割を行うことができたと話されているが、相談員の立場にない通訳者もそのような役割を担うことは少なくない。この役割は通訳者だけが担うべきものではないが、時には通訳者も円滑に相談を勧めていくにはこのような役割が求められてくることもあるのを認識すべきである。その上で、円滑に相談を進めていくためにはどのようにしたらいいかという話し合いを専門家や相談者と行っていく必要がある。

 事例1を発表した通訳兼相談員は経験豊富なベテラン通訳者である。この通訳者の指摘はどれも現状を表しており、より良い通訳を行っていくための通訳者の姿勢や環境整備について言及されている。通訳者として感じたことの1として、専門家と相談者が向き合って話しをしてほしいというのが挙げられた。通訳者を介入してのコミュニケーションは誰でも慣れていないために、ついつい通訳者に向かって話しをしてしまう傾向にある。しかし、通訳者に向かって話をするという体勢は、通訳者をコミュニケーションの主役にさせてしまう状況になる。特に、専門家が相談者のほうにではなく、通訳者に向かって話しをすることが多い。これは相談者をコミュニケーションの場から排除してしまう危険性がある。通訳者に説明をして、通訳者が理解すれば、相談者がその場で理解していなくても、あとで説明や説得をしてくれるかもしれないという錯覚を生んでしまう。相談者の自己決定を尊重するためには、その場で相談者が話しを理解していくことが重要になってくる。そのためには、専門家と相談者が向き合って話しをするという体勢がとても重要である。

 2では、通訳者は淡々と通訳を行い、本人の意志を知っていても代わりに答えるのではなく、本人から意思表示をすることの重要性を知るというものである。これも上述したように、相談者の自己決定の尊重に繋がる通訳者の重要な姿勢である。通訳者は、特に継続的に関わっている場合、相談者の状況や要望などをよく知っていることが多く、ついつい本人に代わって、説明したり代弁したりしてしまう。しかし、相談などは本人が自分らしく生きていくために行っているものなので、相談者自身が自分の言葉で自分の意思表示をすることがとても大切な過程なのである。しかし、通訳者が可哀想に思ったりして、代弁や代行をしてしまうと、相談者が自分の将来を切り開いていく過程を妨げてしまいかねないのだ。通訳者として相談者の状況や気持ちを配慮しながら、その人の主体性を尊重できるコミュニケーションつくりを行っていかなければならない。

 6では、専門家からアドバイスをしてもらうことは説得力があり、相談者が受け入れやすいとのことだった。通訳者としてかかわっていても、情報量の少ない外国人は、セカンドオピニオン的に通訳者に意見を聞いてきたり、判断を仰いだりすることがある。その場合は、通訳者がその内容を知っていても、決して勝手に答えてはいけない。専門的な分野に関わるものは、必ず専門家につないでいくことが必要である。そのため、通訳者はどの事柄がどの専門家領域なのかを知っておくとよいだろう。通訳者が知るべき知識というのは、専門領域内容すべてではなく、ある事柄はどこの専門領域に関わることであるかということ、専門用語(法律や制度、医療用語など)やその概要、そして専門家が行なおうとしている援助方針についてである。細かい援助方針はケースごとに異なっているものであるが、どの専門家がどのようなことを担う専門家であるかという知識を持っているだけで、援助に対する専門家の姿勢を知ることができ、それが通訳を行なうのにとても役立っていく。多機関にまたがって通訳をしなければならない場合はこのような知識も必要になってくる。
事例1では、相談員という立場をもつ通訳者からの事例発表であったが、相談員の立場がない通訳者でも同じような経験を持つ人は多いだろう。現状の通訳場面では通訳者に純粋な通訳行為以外の役割を求められることが多く、それを多くの場合は通訳者が担ってきた。通訳者が担うことで、上手くいったケースもあるが、通訳者が抱えこみすぎてバーンアウトしたというケースが出てきている。このような役割を果たして通訳者が全て担わなければならないのかどうかということは、今まで議論されていない。このような事例をもとに今後専門家とともに議論していくことができればと考える。                             

            文責:飯田奈美子


事例3 ボランティア通訳者の言語レベルについて
事例4 外国人通訳者が本人の自己決定を阻害した事例
事例5
通訳者の質問により専門家と通訳者が話しをする事例


<事例分析>

 事例2〜4は通訳コーディネーターからの発表である。通訳の問題を議論するとき、通訳者の必要性については理解してもらいやすいが、通訳のコーディネートの役割についてはまだまだ理解がされていない。コーディネーターの役割はとても大きく、通訳システムを作っていくときには専門のコーディネーターが配置されることが望ましい。通訳コーディネートは、ビジネス分野の通訳においても重要なもので、どのようなケースにどの通訳者を派遣するかなどを決めていく業務を行っている。しかし、コミュニティ通訳ではコミュニティ通訳特有のコーディネート業務が更に必要になってくる。もちろんコーディネーターが通訳者の言語レベルや専門知識の有無などを判断して、ケースに適した通訳者を派遣するというのも重要な仕事であるが、それ以外に複雑でセンシティブな内容を通訳する通訳者に対して、二次受傷を起こさないようにケアしたり、通訳者一人で抱え込まないようにケースの内容を把握したり、また通訳者がより良い環境で通訳をおこなえるように通訳環境の整備を行っていかなければならない。しかし、通訳者に対する報酬があっても、コーディネーターに対する報酬までもが準備されることは少ないため、トレーニングを受けたコーディネーターが専従でいることはあまりない。コミュニティ通訳システムを考えていく上で、コーディネートの存在は大きな鍵となる。

 事例2では、ボランティア通訳者の言語レベルについて、コーディネーターがどのように把握したらいいかという発表だった。専門家の話す言葉は日本語であっても専門領域の内容で、専門用語も多く出てくる。全ての用語を熟知しておく必要はないが、通訳者はある程度の用語を抑えておく必要がある。通訳者が専門用語について知らないと、勝手に解釈したり、その言葉を飛ばして説明したりしてしまう危険がある。通訳者の日本語が母語であろうとも専門用語については独自に勉強していかなければならない。

 事例3は、通訳者が専門家のアドバイスに対して、他の方法がないかなど、相談者のかわりに質問をしたりして、相談者の自己決定の過程を阻害してしまった事例である。
通訳者は相談者と同国出身者で相談者のためを思い、質問を専門家にしていったようであるが、相談を受けているのはKさん自身であるので、Kさんが質問をしていないのに勝手に専門家と話をするのはいけない。また、通訳者が専門家と長く日本語ではなしていると、相談者は何を話されているか分からないのでだんだんと不安になってくる。その場にいる人全てがコミュニケーションに関わっていけるように配慮するのが通訳者の使命であるのに、通訳者がコミュニケーションを独占してしまい、誰かをその輪から排除してしまってはいけない。事例4のケースも同じような内容で、相談者にかわり通訳者が専門家に質問してしまうことで、専門家と通訳者2人で話しをしてしまうというものである。ここでもあくまでも相談の中心は相談者であることを忘れてはいけない。相談者が専門家の意見を聞きながら自分の考えをまとめ、自分でどのようにするかを決めていかなければならない。それをサポートするための通訳者なので、コミュニケーションに関わること以外では通訳者は介入すべきではない。しかし、外国人の日本での置かれている状況や、文化、価値観、風習などについては専門家は知らないこともあるので、それについての説明は両者の了解のもとに行ってもいいと考える。しかし、コーディネーターや相談員がいる場合はコーディネーターや相談員からその説明をしてもらうほうがいいだろう。

 通訳者はコミュニケーションをつなげていくために存在するので、それが外国語を使わない場面においても、通訳者の存在意義はあると考える。事例発表では、コーディネーターが通訳不要の場合でも日本語をかみくだいた表現にして説明していると発表された。日本語と外国語を使わなければ通訳の業務ではないと思われているが決してそうではない。日常会話の十分できる外国人でも、専門用語については知らないことも多く、また専門家の話は断定的な表現を避けたり、あいまいな表現をすることもあり、日本語ができる外国人でも理解することができないこともある。しかし、専門家はどのような表現がわかりにくいのかということを知らないことが多いので、通訳者が入り簡単な日本語に直すということも行っていくべきであると考える。そして、このような作業を繰り返していくことで、専門家にとってもどのような表現や言い回しが外国人にとっては理解しにくいかをわかってくるだろうし、そのことで外国人だけでなく全ての人を対象にしたコミュニケーションのあり方について専門家自身も考えていくきっかけになるのではないかと考える。

            文責:飯田奈美子



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